ユビキタスネットワークの研究開発
~ ケータイ de ライフログ ~

 

1.はじめに

2.ライフログ

3.ケータイde ライフログ

 3.1 ライフログの取得

 3.2 ライフログの管理

 3.3 ライフログの閲覧

 3.4 ケータイdeライフログとAISAS

 3.5 e農業への応用

4.おわりに

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【リンク集】

http://lifelog.kddilabs.jp/

・Ubilaプロジェクト http://www.ubila.org/

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【文献】

・ユビキタスネットワーク技術の研究開発~ ケータイ de ライフログ ~ :

小塚 宣秀(KDDI研究所 開発センター)、情報通信 BULLETIN 2008.6 No.059 p.3-p.9

1.はじめに

 総務省がu-Japanの実現に向けて取り組んでいるユビキタスネットワーク技術の研究開発の一環として、「ユビキタスネットワーク制御・管理技術」の研究開発が2003年より5年間実施された(2008 年3月で終了)。この研究開発は、KDDIを代表研究機関として、東京大学、慶應義塾大学、九州工業大学、NEC、富士通、KDDI 研究所の3大学・4企業からなるUbilaプロジェクトが担当した(2007年度よりKDDIのプロジェクトはKDDI研究所で実施した)[1]。“Ubila”とはラテン語で「雲」を意味する言葉である。Ubilaプロジェクトは、コンピューティングが、まるで頭上にくまなく広がる雲のように私たちの周辺に自然と存在して、私たちの社会生活をサポートしてくれるユビキタスネットワーク社会を目指した。

 ユビキタスネットワーク社会においては、様々なモノがネットワークにつながるようになり、その上で様々なアプリケーションが実行され、それぞれのサービスが提供されて、われわれの社会生活の基盤となる。そこで、Ubilaプロジェクトでは、ネットワークやユーザの状況を把握してネットワークやサービスを制御し、最終的にユーザに最もふさわしいアプリケーションを提供することを目的とし、それぞれの技術課題に取り組んだ(図1−1)。

 KDDI およびKDDI 研究所は、これら課題のうちユーザの属性情報すなわちプロファイルに着目して、「プロファイル流通/最適生成技術」の研究開発を進めてきた。これは、ユーザ自身のプロファイルに加えて、周囲の状況やネットワークから得られるプロファイルを、ネットワークを介して安全に流通させ、新たなサービスの基盤とするものである。いつでもどこでもユーザ自身のプロファイルと周辺環境のプロファイルを扱う上では、常に持ち歩いていていつでもネットワークにつながる携帯電話が最適なデバイスである。これらプロファイルを活用した研究開発の成果として、本稿では「ケータイdeライフログ」を紹介し、続く第二部(10 ページ〜)では「実空間拡張型プレゼンス」について紹介する。

2.ライフログ

一般的にライフログとは、日常生活で生じるあらゆる情報をデジタルデータとして記録することを指す

 ライフログの代表的な研究としては、Microsoft が行っているMyLifeBits Projectがある[2]。MyLifeBitsでは、メール、閲覧したWebサイト、紙書類のスキャンデータ、画像、音声データ、本、音楽CDを対象として、それらを記録するのに必要な記録媒体の一人あたりの容量は、5年間で約80GB(ギガバイト)になると試算されている。最近の研究ではこれまでに蓄積したデータを分析して、一生を記録するには約3TB(テラバイト)の容量が必要であるとしている。

 また、小型のカメラやGPSなどの各種センサを身につけて、常時記録する研究や、屋内にカメラや各種センサを取り付けて、対象者を常時記録する研究もされている。このような映像データを常時記録する研究では、記録容量が桁違いに大きくなる。1日あたり、生データで500GBにも上るという。

 ほかにも、われわれは日常生活においては、テレビを見たり、インターネットサイトを閲覧したり、ショッピングをしたり、映画を見たり、旅行をしたり、さまざまな行動を行っている。また、これら視聴履歴閲覧履歴購買履歴移動履歴といったその人に関する情報だけでなく、そのときの天気気温湿度、といった環境に関する情報 もライフログとして考えられる。

 こうした情報をデジタルデータとして蓄積して分析することで、その人の行動特性や趣味・趣向など、これまで見えなかった情報を得ることができるので、よりその人に合った広告を提供したり、その人の生活を支援するのに最適なサービスを提供することが期待される。

 ライフログの研究開発では、取得技術管理技術活用技術の主に3つの技術が重要となる。取得技術ではどのような情報をどのように取得するのかということであり、写真であれば携帯電話のカメラがそのまま使用できるし、テレビの視聴履歴であればテレビとの連携が必要となる。管理技術では膨大になる情報を適切に管理し、後に欲しい情報を短時間で取得できたり、活用しやすいことが大切である。活用方法では蓄積された情報をどのように活用していくかということであり、たとえば行動ターゲッティング広告レコメンド見守り健康管理、などへの活用が期待されている。

 KDDI研究所では、ライフログサービスのひとつの提案として、取得技術に携帯電話を活用し、管理技術にセマンティックウェブの技術を採用したケータイdeライフログを試作した。

3.ケータイde ライフログ

 ケータイdeライフログは、日常生活で生じる様々な個人プロファイルを生活履歴(ライフログ)として捉え、携帯電話を用いてライフログを収集・管理するシステムである。図1−2に示すように、携帯電話に備わるデバイスを用いて身の周りの情報を取得し、取得した情報を携帯電話のパケット通信でライフログサーバに送信すると、ネットワーク上にある情報提供サーバからの情報とあわせて、いつ・どこで・誰と・何をしたのか、何に興味を持ったのか、といったライフログがサーバに記録される。記録されたライフログは、過去の人生の振り返り支援に役立てたり、行動分析や興味分析を行うことで、その人にあった情報やサービスを提供することが期待される。また、SNSのように友人機能を取り入れたり、ブログのように取得したライフログを積極的に公開することによって、コミュニケーションが活性化されたり、口コミ効果を発生するなど、活用範囲は大きい。

3.1 ライフログの取得

 携帯電話で取得できる情報(取得情報)と情報提供サーバから得られる情報(拡張情報)の例を表1−1に示す。

 GPSで測位した緯度・経度をライフログサーバに伝えると、住所変換サーバによって住所情報が得られる。さらに、ランドマーク情報や、たとえばリクルート社が発行するタウン情報誌「ホットペッパー」などに掲載されている店舗を検索することで、ランドマーク名称や種別、店舗であれば店舗名、ジャンル、営業時間など、様々な情報が収集される。

 カメラを用いれば、写真はもちろんであるが、流通している商品に印刷されているバーコード(JANコード)も読み取ることができる。JANコード自体は単なる数字列であるが、商品の種類に対して固有であるため、商品情報を提供する情報サーバと連携することで、JANコードから商品名、商品分類、メーカー名、希望小売価格、などの詳細な情報を得ることができる。

 固有のIDを埋め込んだQRコードでも同様のことが言える。たとえば、ホットペッパーに掲載されている店舗に固有のIDをQRコードにしておくと、携帯電話のカメラで読み取った際に、リクルートWEBサービスを利用して即座に店舗情報を取得することができる。また、地点情報(緯度・経度やランドマーク情報)に固有のIDを用いれば、GPS の代わりにカメラから位置情報を得ることができる。これは、地下街や屋内などでGPSが使用できない場合に有効である

 ほかにも、ユーザが入力した文章や選択したカテゴリ、時刻などの情報を、携帯電話上で相互に関連付けることによって、いつ・どこで・何を、という情報にまとめられる。まとめられた情報は1つの記事としてライフログサーバに登録されるが、その際に公開するか非公開にするかを記事ごとに設定するようにしている。こうすることで、ユーザのプライバシに関わる情報については非公開に設定することが可能である。

 バーコードやQRコードだけでなく、将来的に、あらゆるものにRFID(ICタグ)が貼付され、かつ携帯電話にRFIDリーダが搭載されるようになると、より簡単に周囲のモノや場所からより詳細な情報を得ることが可能になる。たとえば、上記のJANコードは商品の種類に固有であるため、個々の商品によって異なる製造日や製造場所などの情報は得られないが、個々の商品に固有のRFIDを利用できるようになれば、そういった情報も得られるようになる。そうなると、製品の不具合や食品のミスがあった場合はライフログが教えてくれるかもしれない。

3.2 ライフログの管理

 近年、コンピュータによるウェブ処理をより高度化させるセマンティックウェブの研究開発が盛んに行われている。ライフログ情報の管理には、セマンティックウェブで用いられるRDF(Resource Description Framework)を採用して処理の高度化を図った[3]。RDFはリソースを記述するしくみであり、主語(Subject)、述語(Predicate)、目的語(Object)の3つ組をデータの基本構造とする。これらは図1−3のようにグラフでよく表される。ある3つ組の目的語は別の3つ組の主語になり、グラフ構造を発展させることで柔軟な記述が可能となっている。

図1−4はケータイdeライフログでのデータの例をグラフ構造で表したものである。RDF では、このグラフ構造を意識した問い合わせを行うことで柔軟な検索を行うことができる。さらに、ものごとを体系的に分類しその関係を記述するオントロジを導入すれば、推論などのより高度な計算を行うことが可能となっている。

3.3 ライフログの閲覧

 日常生活の記録であるライフログは、さまざまな情報が詰まっている。何十年と蓄積された結果、その情報量は膨大なものとなる。ライフログでは、これら蓄積された情報から欲しい情報を手間なく瞬時に取り出すことも必要となる。

 そこで、ケータイdeライフログでは、次の4つのモードを用意し、それぞれのモードでの閲覧方法を検証した。

◦ブログモード  ライフログの一覧を新着順に表示したり、1件のライフログについて詳細情報を表示する(図1−5)

◦カレンダーモード カレンダー上にライフログのタイトルを表示させ、月単位の日付で把握できるようにしている

◦タイムラインモード 横軸に月を縦軸に日をとり、年単位でライフログを把握できるようにしている

◦マップモード 緯度と経度を持つライフログをGoogle Maps上にプロットし、空間的にライフログを把握できるようにしている(図1−6)

 近年では、ブログを代表とするCGM(Consumer Generated Media)サービスの利用が拡大していることから、まずはライフログをブログ風に一覧で表示することで(ブログモード)、いつ・どこで・何をしたのかを一目で見られるように可視化した。詳細のリンクをクリックすると、より詳しい情報が表示される。商品情報を登録してあれば、商品の名称・分類・メーカーといった情報が表示される。店舗情報を登録してあれば、店舗の名称・ジャンル・営業時間・定休日などの情報が表示される。これらの情報にはリンクが張られていて、クリックすることで同じ値を持つライフログを抽出することができる。たとえば、商品の詳細情報画面において、商品名称のリンクをクリックすると同じ商品についてのライフログが抽出される。また、商品分類のリンクをクリックすると同じ分類に属する商品についてのライフログが抽出される(たとえば、小分類で「清涼飲料」のリンクをクリックすると、清涼飲料に分類された商品についてのライフログのみが表示される)。店舗の詳細情報画面において、ジャンルのリンクをクリックすると同じジャンルの店舗に関するライフログが抽出される(たとえば、ジャンルで「イタリアン・フレンチ」のリンクをクリックすると、イタリアン・フレンチの店舗についてのライフログのみが表示される)。

 位置情報を持つライフログについては、空間的に見たほうがわかりやすい。マップモードではGoogle Mapsを利用して、緯度・経度情報を持つライフログを地図上にプロットしている。ログイン状態では、自分のライフログ、友人のライフログ、それ以外のライフログの3種類を区別しており、地図上のマーカーを色分けして表示している。これにより、自分だけの備忘録として使ったり、友人とのコミュニケーションツールとして活用したり、総体的な口コミ情報として活用することができる。

 ここでは、4つのモードを用意してライフログを俯瞰する試みを実施したが、多岐にわたるライフログでは、それぞれの特徴にあわせた表示方法を行うことでより使いやすいユーザインタフェースとなるため、さらなる工夫が必要である。

3.4 ケータイdeライフログとAISAS

 近年では、ネットを利用した購買行動のモデルとしてAISAS(Attention, Interest, Search,Action, Share)というモデルが提唱されている。AISASは、従来提唱されていたAIDMA(Attention, Interest, Desire, Memory, Action)から変化したもので、言葉からもわかるように「検索(Search)」と「共有(Share)」が現在の購買行動で重要な役割を持っていることが見て取れる。

 そこで、ケータイdeライフログをこのAISASというモデルに当てはめて、現在の購買行動にどのようにライフログが活用できるのかを紹介する。ケータイdeライフログは、携帯電話で単にライフログを登録するだけでなく、オブジェクトからのライフログ検索にも対応している。以下に商品と店舗を例にとって説明する。

 まず、商品についてはバーコードが情報への入り口となる。AISASのイメージは図1−7のようになり、流れは次のようになる。

◦Attention(注意) 新商品や珍しい商品など、気になる商品を発見する。

◦Interest(関心) 詳しい情報を見ようと手に持ってパッケージの説明などを見る。読んでみて、より詳しい情報や口コミ情報を知りたくなり、携帯電話のアプリで商品に印刷されているバーコードを読み取る。

◦Search(検索) バーコードを読み取ると、商品についての詳細情報や、その商品についての登録されたすべてのライフログと自分のライフログが表示される。みんなのライフログは同じ商品に対する不特定多数の記録であり、一種の口コミ情報とみなすことができる。また、自分のライフログは過去にその商品について登録した記録であり、備忘録とみなすことができる。

◦Action(行動) 詳細情報や口コミ情報、備忘録をもとに判断をし、商品を購入する。

◦Share(共有) 購入後、その商品に関する情報をライフログとして登録する。公開設定をして共有することで、他の人にとっての口コミ情報として活用される。

 次に店舗については、GPSで測位した現在位置が情報への入り口となる。AISAS のイメージは図1−8のようになり、流れは次のようになる。

◦Attention(注意) 外出中におなかが減って、食事をしたくなる。

◦Interest(関心) 近くに食事をする場所がないかと考える。

◦Search(検索) 携帯電話で現在位置を取得すると、周辺の店舗一覧、周辺のランドマーク一覧、周辺で登録されたすべてのライフログ、周辺で登録された自分のライフログが表示され、適当な食事場所がないかと検索する。店舗一覧から一つ選択すると、その店舗のホットペッパー情報、その店舗について登録されたすべてのライフログ、その店舗について登録された自分のライフログが表示される。すべてのライフログは一種の口コミ情報であり、自分のライフログは備忘録である。

◦Action(行動) 検索結果をもとに判断をして食事場所を決定し、食事をする。

◦Share(共有) 食事の内容や店舗の様子などの感想を、自分のライフログとして記録する。公開設定をして共有することで、他の人にとっての口コミ情報として活用される。

3.5 e農業への応用

 ライフログは今後、ユーザ自身の自己記録他人との共有情報としてはもちろ、営業記録生産履歴マーケット調査などのビジネス分野にも活用されてゆくことが期待されている。一例として、ケータイdeライフログを農業へ応用した例を次に紹介する。

 農業にICTを活用して生産管理を行う取り組みは多くあるが、携帯電話を用いることでより簡単に効率よく生産管理を行えることが期待されている。

 PCを用いた生産管理では、畑や田圃などの生産現場において、デジカメで写真を撮り、紙に記録を記入し、家や事務所に戻ってからPCに入力する必要があった。携帯電話を用いることで、生産現場において携帯電話のカメラで写真を撮り、記録を入力し、サーバへの登録までをその場で行うことが可能となる。また、GPSによる位置情報を組み合わせることで、産記録の信頼性が向上する。

 ケータイdeライフログは写真とGPSによる位置情報などを簡単に記録するシステムを提供しているため、このような生産記録に都合がよい。農業の生産記録に活用する取り組みを栃木県立宇都宮白楊高等学校で実施しており、2つ紹介する。主な情報として、日時作物の写真目・品種を入力したタイトル生育状況気づいたことを入力した本文、そしてGPSによる位置情報などを記録していく。タイトルによって分類することで、作目ごとの生産履歴を管理することができる。また、日時による分類を行うことで、前年の実績を参照して、今年の生産計画を考えることも可能である。さらに、バーコードを読み取り商品情報を記録するしくみを用いることで、流通している農機具や肥料などの情報を記録として残すことも簡単である。将来、農薬のデータベースとも連携することで、農薬のバーコードを読み取るだけで、適正な農薬を使用した記録を残すことも可能である。

 もう一つの例として、GPSによる位置情報を記録できる特徴を活かした分布調査がある。白楊高校では、宇都宮市内に分布している外来植物の分布調査を行っている。従来は紙に印刷した地図に群生状態によって色分けされたシールを貼付する方法で調査をしていた。ケータイdeライフログのシステムを活用することで、写真とGPSによる正確な位置情報に加えて、群生状態をタイトルに記入し、サーバへ登録を行っている。こうすることで、マップモードにおいてタイトルで絞込みを行えば、植物の群生状態の分布が地図上にプロットされて見ることができる(図1−9)。こうした取り組みは植物に限らず様々な分野へ応用できると期待している

4.おわりに

 本稿では、ブログやSNS の次に期待されているライフログについて紹介し、ライフログの実装例であるケータイdeライフログについて説明した。ケータイdeライフログは2008 年2月より一般トライアルを実施しており、次のサイトから閲覧することが可能である。対応するau 携帯電話をお持ちの方はぜひ参加していただきたい。

http://lifelog.kddilabs.jp/

参考文献

[1] Ubilaプロジェクト http://www.ubila.org/

[2] MyLifeBits http://research.microsoft.com/barc/

MediaPresence/MyLifeBits.asp

[3] 本庄 勝“, インターネット情報収集の最新技術”, 情報通信

BULLETIN No.035 2006/4